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白河集古苑

鎌倉時代から室町時代までの約400年にわたって白河地方を治めた白河結城家に伝えられた古文書「白河結城家文書(重要文化財)」を展示する「結城家古文書館」と、江戸時代に徳川幕府の譜代大名として6人の老中を出し、江戸時代末期に白河藩を治めた阿部家にのこされた絵画や陶磁器、染織品、刀剣などの資料を展示する「阿部家名品館」から構成されている。

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那須権現一之鳥居

那須岳参りの第一の鳥居。問い合わせ先:西郷村生涯学習課

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白河観光物産協会(JR白河駅観光案内所)

大正10年建築のレトロなJR白河駅舎内にある観光案内所。観光パンフレットを取り揃え、観光スポット、飲食店、お土産店などをご紹介いたします。また、レンタサイクル(無料)、ワンコインレンタカー(1時間あたり500円)の貸し出しも行っております。白河観光の情報収集にぜひお立ち寄りください。小さな案内所ならではのきめ細かなご案内で、皆さまの旅をサポートいたします!

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ホテルサンルート白河

20年の感謝をこめて、お客様の満足をお約束します。東北の玄関口・東北新幹線新白河駅前にそびえる白いホテル《サンルート白河》福島県南部随一の都市型総合ホテルです。ホテルを拠点に、白河・那須方面の観光や、スポーツ、レジャーなど多彩に満喫できます。種類:ホテル宿泊可能人数:215人全部屋数:163部屋部屋のタイプ:シングル・ツイン・ダブル・和室・スイート基準宿泊人数:1~6名(1室)設備・サービス:結婚式場、バー、レストラン、カラ団体の受入:可外国語の対応:可ホームページでの予約:可特記事項:新白河駅(新幹線)隣接アクセス:東北新幹線新白河駅、徒歩1分 福島空港より車で30分問い合わせ先:ホテルサンルート白河ファックス:(0248)24-0024メール:sun@shirakawa.ne.jpリンク:http://www.sunrouteshirakawa.jp/

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お食事処だいよし

JR水郡線磐城塙駅近く。電話0247-43-0359。(問い合わせ先:塙町観光協会)

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白河バーガー「三重櫓」

地元産の食材にこだわり、新たな特産品として開発してきました。是非皆様ご賞味されまして、ご愛顧賜りますようお願い致します。(1)バンズは、米粉100%の三角パン、(2)1層目は、ハッシュドポテト、(3)2層目は、豚肉の和風甘辛煮、(4)3層目は、野菜類(レタス、オニオン、キュウリ、トマト)、(5)最後にアクセントとして白河溜まり漬け。ティールーム高山(0248-23-3862)で販売。(問い合わせ先:白河市商工観光課)

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蓮家寺

慶長8年(1603年)蓮池主水、糟家彌兵衛が阿弥陀寺を建立し、両人の姓をとって蓮家寺と名付けられました。棚倉城主となった内藤豊前守信照を筆頭に内藤家が厚く守り、また徳川家光以後、7代の将軍からの庇護を受け、江戸時代には三門、本堂、鐘楼、観音堂、常念佛堂、十王堂、地蔵堂の伽藍が整う壮大な寺院となりました。慶安元年(1648年)には徳川家光より御朱印状を拝受しています。国重要美術品の鐘楼や町指定文化財の山門、松尾芭蕉句碑など、数多くの文化財が遺されています。

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常隆寺の桜

常隆寺は、天平9年(737年)、行基が八溝山のふもとで開基し、文明元年(1469年)、久慈川の田園地帯を一望することができる、流山の中腹に移ったと伝えられています。境内の観世音菩薩は、天平9年に行基が刻んだものです。参道や境内に、美しい桜が咲きます。(例年、4月上旬から中旬頃が開花時期です。)福島県棚倉町http://www.town.tanagura.fukushima.jp/棚倉の桜マップhttp://maps.google.co.jp/maps/ms?hl=ja&gl=jp&ie=UTF8&oe=UTF8&msa=0&msid=108281808448512573331.000467494d4582ac86ba7

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塙町公民館

利用の際は申請書提出が必要(申請先:町公民館 電話0247-43-0320)[収容人数:全館500人、大研修室(固定椅子)214席]施設設備:視聴覚室、調理実習室、大研修室、営農研修室、生活改善研修室、談話室、小研修室、地区館・分館問い合わせ先:塙町観光協会

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八槻都々古別神社(奥州一ノ宮)

都々古別三社の一社で、江戸時代頃には「近津三社」(馬場都都古和氣神社・八槻都々古別神社・下宮近津神社)と総称された“中宮”にあたります。縁起によれば、日本武尊が八溝山の「東夷」の大将を討った際、守護として示現した三神が建鉾山より箭(や)を放ち、箭の着いた場所を箭津幾(やつき)とし都々古別神社を創建したのがはじまりといわれています。祭神は味耜高彦根命と日本武尊を祀り、農耕神としての性格が古く、のちに武神が加わったものと考えられます。その年の新籾を藁苞に入れて(ツトッコという)奉納し、その折他のツトッコをいただいて帰る風習(霜月の大祭)や桝廻しの神事、あるいは御田植の神事(旧正月6日)等の存在は、農耕神の性格を物語ります。社宝には銅鉢(国指定重要文化財)、木面十一面観音立像(国認定重要美術品)など数多くの貴重な文化財が遺されています。祭り御田植祭(旧暦1月6日)御田植祭は穀物の豊穣を祈って神楽を奉納するお祭りで、拝殿において、ユーモラスな舞と掛け合いで一連の稲作風景が演じられます。(国指定重要無形文化財)

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