戊辰戦争の際には、小笠原長時夫妻と娘の墓がある小笠原家ゆかりの寺院であったため戦火をまぬかれ、新政府軍の野戦病院として使用されていました。ほかにも算学者・安藤有益をはじめ会津藩士族のお墓がたくさんあり、戊辰戦争殉難殉節供養の碑もあります

山本家は八重の高祖父(曽祖父の父親)の時代から、ここを菩提寺としていました。八重は、亡くなる前年の昭和6(1931)年、それまで点在していた山本家の墓を一カ所にまとめ、墓標を建立します。墓標の表には彼女が書いたといわれる「山本家之墓」の文字が、裏には「昭和六年九月合葬 山本権八女 京都住 新島八重子建之 八十七才」と刻まれています。

名称のフリガナダイリュウジ
住所会津若松市慶山2-7-23
郵便番号965-0812
電話番号0242-27-9376
駐車場の有無有り
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